|
|
| ● アドバイスください |
|
前回、体調があまりよくないと書いた。 それは、年を省みず三日間徹夜をしたせいもあるが、我が家を覆う「重い空気」のせいでもある。
自分の体調が悪いだけなら、多少は笑い飛ばせるが、家族がからんでくると・・・・。
重い話。 もし、重い話が嫌いな方は、ここでサヨウナラ・・・・・。
ヨメが、泣いていた。
ご老人と喧嘩をしたらしい。 ご老人とヨメが言い争うのは毎度のことだが、ヨメが泣くのは初めてだ。
理由を聞いてみた。
発端は、ヨメの恩師が亡くなったことだ。 ヨメの恩師が亡くなったのは、先月の30日。 私も、その恩師には、四、五回お会いしたことがあるので、その訃報に触れたときは心が痛んだ。
恩師は、ヨメが小学校低学年の時の担任の女教師だった。
ヨメは、小学校に上がる前に、言葉を失っていた時期があった。 脳に障害があったわけではないので、失語症とは違うようだが、彼女は外でも家庭でも声を出せない状態になった。
そのことは、付き合いはじめてすぐに、ヨメから聞かされた。 (今では、うるさいくらいにしゃべりまくるヨメに、そんな過去があったとは信じがたいことだが)
幼稚園で、男の子に苛められたことが原因だ、とヨメは言っていた。
ただ、ヨメの母親であるご老人は、そのことを信じなかったらしい。 「苛められただけで、言葉が出なくなる? 仮病に決まってるわ」 そう言って毎日、無理矢理ヨメに言葉を発するように強要したという。
人間の脳と感情は、デリケートにできている。 まして、6歳の子どもだ。 強制しても、いい結果は生まれないだろう。 その結果、ヨメは余計に言葉を出す能力を、脳の奥深くに隠しこんでしまったらしい。
ヨメの父親が心配して、何人かの医者に見せたところ、医者の言うことは、ほぼ同じだったという。 「脳に障害がないので、原因を取り除けば、言語は徐々に回復すると思います」
そう言われて、ヨメの父親は、気長に待つことにした。 だが、目の前に、小学校入学という現実が迫っていた。
言葉が出ない娘が、普通に小学校に通えるものだろうか。 ヨメの父親は、今度は役所に相談に行った。 だが、役所は物事を表層的にしか判断できない。
「話せないなら、特殊学級(今は複式学級)に行ってもらいます」 それを聞いたご老人は、「みっともない。世間体が悪い」と言って、ヨメが小学校に行くのを拒んだ。
しかし、義務教育だ。 行かないわけにはいかないだろう。 そこで、教育委員会の人がヨメの家に来て、面接をした。
ヨメは、字は書けたし、数も数えられた。 簡単な文も、問題なく書くことができた。 そのとき、知能は普通以上だと判断されたようである。
「言葉は出なくても、普通学級で問題ないでしょう」 教育委員会の担当者が、ヨメの父親にそう告げたので、父親は安堵した。 「これで、娘を普通に小学校に通わせてやれる」
だが、ご老人だけが、そのことに強硬に反対した。 「話もできない子が、学校に行くのは無理だ。言葉が出るようになるまで、私は絶対に娘を学校に行かせない」
それも一つの親の心情であると言える。 子どもは残酷だから、自分たちとは違う人間を排除するであろうことは、想像できた。 「娘をそんな環境に置きたくない」 それは、ある意味、母親として、当たり前の感情だったかもしれない。
だから、そのことで、ご老人を責めることはできない。
ただ、教育は、等しく子どもに受けさせるべきだというのも真理である。 それは、親の義務であり、社会の義務でもある。 3月末。入学式近くになると、ヨメの小学校の担任が連日のようにヨメの家にやってきて、両親を説得した。
「おたくの娘さんは、ただ声が出ないだけで、他に変わったところはありません。 私が責任を持って受け持ちますので、私にお子さんを預けていただけませんか。 ここで逃げていたら、娘さんはこれから先、背負わなくてもいいものを背負うことになります。 どうか、私にまかせてください」
その熱意に負けて、ヨメの父親は「お願いします」と頭を下げた。
しかし、ご老人は――――― 「だめ! いま喋れないものが、そう簡単に喋れるようになるわけがないでしょ。母親の私にできなかったことが、あなたにできるわけがない。だから、娘は家に置きます」と言い張った。
それを聞いていたヨメは、泣きながら「わたしはがっこうにいきたい」と紙に書いて、女教師に示したという。
ヨメは、普通どおり小学校に入学した。
そして、ヨメは、女教師の熱意に応えるように、小学校に上がってから、2ヶ月足らずで言葉を取り戻した。 それは、恩師のおかげである。 だから、ヨメが今日あるのは、恩師のおかげだと、彼女は、それ以来感謝の心を持ち続けている。
1月31日日曜日。 その恩師が亡くなったと聞いて、ヨメは通夜に参列する支度をしていた。
だが、そのとき、ご老人が言わなくてもいいことを言ったのだ。
「アタシは、あんたが喋れない時、無理にでも学校に行かせようとしたんだよね。 それを教師が止めたんだ。あなたの娘さんは普通じゃないんだから、特殊学級に行けって、強く言われたよ。 でもアタシは、そんな教師に頭を下げて、下げて、何度も頭を下げて〜〜。しゃべれないあんたを育てるのに、アタシがどれだけ苦労したことか・・・・・」
子どもに対して、言ってはいけない言葉がいくつかあると思う。 「何でそんな簡単なことができないの! Aさんは、できたのに!」 「お前を育てるために、俺がどれだけ苦労したことか!」など。 その感情論は、人間としてフェアではない。
それを聞いて、ヨメが怒ったのは、無理もないことだと思う。 まして、この場合は、まったく事実と異なるのだから。
「先生との思い出が汚されたような気がして・・・・・」 ヨメが泣く。
あれ以来10日間。 ヨメは、ご老人のそばに、近づこうともしない。
そんな娘を見て、ご老人がつぶやく。 「パート先で、嫌なことでもあったのかねえ。働くところなんかいくらでもあるんだから、辞めちまえばいいのに」
親子なのに、背筋が寒くなるほど、そこには薄く細い糸しか見えない。 その糸は、切れかかってはいても繋がっていて、かろうじて「絆」の形を成しているが、今にも切れそうな危険性をはらんでいる。
一度ご老人に、ヨメが怒っている理由を説明したが「私は、そんなこと言ってない!」と、無表情に怒ったので、説得はあきらめた。
細く危うい糸。 私は結局、その糸の危うい様を、触ることもできず、ただ見ているだけだ。
この二人の関係を、いったい、どうやって修復したらいいのか。
同じような経験のある方。 アドバイスをいただけたら・・・・・。
|
2010/02/09 AM 07:07:50 |
Comment(4) |
TrackBack(0) |
[日記]
|
|
| ● テクニカルノックアウト |
|
白状するが、あまり体調がよくない。
体調を崩した理由は、私の計画性のなさからくる。 まるまる3日間、仕事がなかった日がある。 余裕のある人だったら、それを休養に当てるのだろうが、私は余裕ゼロの人間である。
得意先、知人に片っ端から電話をして、「仕事をくだせえ。仕事がないと、オラァ死にますだ」と頼み込んだ。 その成果もあって、違う種類の仕事を4件手にすることができた(俺って、営業向き?)。
ホームページ、チラシのデザイン、画像の切り抜き362点、そしてライター(火が点くやつではない)の仕事。
貰ったはいいが、どれも納期は短い。 すべてが、一週間以内の仕事だ。
私がメインで使っているMacは、G4/450MHz。 これは化石といっていいほど、優雅に動きやがる機械なのである。 大学一年の息子が使っているウィンドウズのノートパソコンの5分の1程度の速度しかない、まるで大正レトロの機械だ。 だから、能率が悪い。
そして、皆さんも薄々お気づきだとは思うが、私には才能も仕事の処理能力もない(キッパリ)。 一週間で、4件の仕事。 才能に溢れたお方は、絶対に徹夜などはしない。
頭の中で、自分の処理能力を見事に計算しつつ、効率的な仕事をなさる。
しかし、才能をデスクトップのゴミ箱に捨てた人間は、4件の仕事をこなすには、徹夜をするしかないのである。 今週の木曜日、金曜日と土曜日。 仕事が大詰めに来たので、朝5時まで仕事をした。 しかし、私の場合は家事も同時にこなすのである。
そんなもの、ヨメさんにさせればいいだろうという、当たり前のご意見は、とりあえず無視する。
だって、家事をしていないと、俺がオレでなくなるような気がするんですよ。 オレは、変人ですから。
金曜日の朝は、徹夜明けの澱んだ頭脳を意識しつつ、家族の朝メシを作った。 そして、ヨメ、息子、娘を送り出し、ご老人がメシを食い薬を飲む様子を監視しながら、自分はおにぎりを一個頬張る(ツナマヨ)。
そのあと、仕事にかかろうとすると、ご老人が廊下に粗相をする。 それを、雑巾と両手に持ったファブリーズで除菌しながら、廊下の景色をレマン湖のほとりのような清浄な空気に変換する。
ご老人が我が家に来てから、ファブリーズの消費量が半端ではない。 メーカーの方、お願いいたします。 いくらでも宣伝いたしますので、ファブリーズ一年分を、ただでいただけないでしょうか。 本当に、ハンパねえんですよ。 ファブリーズの消費量。
このままでは、我が家はファブリーズ破産をしてしまうかもしれません。
両手に持ったファブリーズを仕事場の床において、また仕事を始める(雑巾は洗濯機に放り込み、すぐにお洗濯)。 残ったのは、花の画像の切り抜き、約200点と文章書き。 目がチカチカする。 そして、イライラする。 あーあ、めんどくせえ!
昼メシまえ、ご老人が私に、廊下から声をかける。 「ムコさんよう。今日のお昼は、力(チカラ)うどんが食べたいんだけど」
しかし、力うどんには、餅が入っている。 ご老人の歳では、餅は危険物だ。それは、やめたほうがよろしい。
「じゃあ、餅の入っていない力うどんを作っておくれ」 はいはい(古典的な漫才ですな)。
そして、夜。 晩メシを作っていたら、部活から帰った娘がキッチンに顔を出した。 「おい、今日の夜メシは何だ?」
鮭のムニエルとラタトューユだ。 「あちゃぁ! 今日の給食はラタトューユだったぜ」
本当か。じゃあ、君のだけシチューにするか。 「ウッソー! 給食にそんなの出るわけないだろ! バーーーーーカ!」
おバカな私・・・・・。
そして、仕事が一段落した午後11時55分。 風呂に浸かっていた。
そのとき、ご老人の声が聞こえた。 「ムコさんよう」 はい。
「あたしゃ、睡眠薬飲んだかねえ」 さあ・・・・・。 「ああ、思い出した! 飲んだ飲んだ。でも、ちっとも眠くならないんだけどねえ」 いつ飲みましたか。 「今だよ」 じゃあ、もう少し待ちましょうか。 (またまた古典的な漫才ですな)
そんな馬鹿馬鹿しい一日を終えて、一時間ほどの仮眠。 全身が痺れるような奇妙な感覚の睡眠を終えて、気だるい朝を迎えた。
そして、土曜朝早く、桶川の得意先・フクシマさんから電話。 「あけましておめでとうございます」
なんだって? 「だって、Mさんと話をするの、今年初めてですよ。だから新年のご挨拶を」 相変わらず、おバカなフクシマさん。
「急ぎの仕事があるんですけど」 なに! 急ぎの仕事だって? 何でこのクソ忙しいときに! (たじろぎながら)「い、いらないんですかぁ?」
いただきます。 ただ、フクシマ様。ワタクシ、忙しいのでございます。ホントに忙しいのでございます。 「ああ、じゃあ、Mさんちの近所のガストで打ち合わせってことで」
それと、フクシマ様。ワタクシ、朝から何も食べていないのでございます。 「ああ、俺にピザをおごれと?」
はい。しかし、フクシマ様。ピザを食べている間に、のどが渇いたら、いかがいたしましょうか。 「ああ、ビールですね。了解です!」
ガストでフクシマさんと密会。 フクシマさんは、私の顔を見るなり言った。
「Mさん、顔が白いですね」
なにぃ! あなたに私の「顔がひどい」と言われる筋合いはない!
「いやいや、『ひどい』ではなく『し・ろ・い』。顔色のことですよ」
フクシマさん。今まで隠していましたが、私は白人だったのです。
・・・・・・・・・・。
という恒例の挨拶を1分30秒で終えて、料理の注文に20秒。仕事の打ち合わせに10分。ピザとビールをかっ食らう時間、3分20秒。 しめて15分10秒の時間を消費したあと、私はフクシマさんを置いて、ガストを後にした。
土曜日は息子と娘がいるので、作って冷凍しておいたチヂミを昼メシとして食わせた。 ご老人のリクエストは、カツ丼。しかし、当然のことながら無視。五目いなりを高速で作って出した。
あとは、仕事、仕事、仕事。 夕飯は、ビーフシチューwithフランスパンとしゃきしゃきレタスのサラダ。 ご老人は、別メニュー。 懐石料理と間違うくらい、素晴らしい料理をテーブルに並べたが、ひとこと「味が薄い」(減塩醤油をドバドバドバとかけやがった)。
ケッ!
また、仕事、仕事、仕事。 夜は、作業している最中に気分が悪くなって、失神すること数回。 しかし、そのたびにカウントエイトで立ち上がって、ノックアウトは、かろうじて免れた。
ただ、熟練のレフェリーなら、確実にテクニカルノックアウトを宣告したかもしれない。 それほど、ダウン寸前の状態だった。
仕事の目途が96パーセントついた日曜午前4時。 気合を入れるために、風呂に浸かった。 そして、気合を入れるために、東京事変の「修羅場」「群青日和」「ミラーボール」「OSCA」「スーパースター」を防水ラジカセで流した。
気合が、入った。
まさか椎名林檎様も、自分の歌で気合を入れる人がいるなんて、想像しなかったに違いない。
日曜日午前4時35分。 気合が入ったまま、Macの前に座り、友人から貰った黒糖梅酒をストレートで飲んだ。 飲んだあとで、少しだけ目をつぶった。
目を開けたら、時計は、午前6時5分(つまり、つい先ほど)を表示していた。
1時間半も、寝てしまったようだ。
テクニカルノックアウト!
テンカウントのゴングを聞きながら、私はブログを書いている。
あーあ、体調が悪い。
|
2010/02/07 AM 08:41:09 |
Comment(0) |
TrackBack(0) |
[日記]
|
|
| ● もうメンテナンスはしない |
|
鍵を預かっている会社が4社あった。 それが、今年になって2社に減った。
内訳を言うと――――― パソコンのメンテナンスをする代わりに、倉庫を利用させてもらっている中古OA販売会社。 私が設置したので、私とほぼ同じMac環境を持つ鴻巣市の同業者。 パソコンのメンテナンスをする代わりに、高速のカラーレーザプリンタを使わせてもらっている印刷会社A社。 同じくメンテナンスをする代わりに、カラーレーザと大型インクジェットプリンタを使わせてもらっている印刷会社B社。
年初のご挨拶に行ったとき、印刷会社A社・B社から、まったく同じことを言われた。 「悪いんだけど、うちも大変だからさ。今まで無料にしていたプリンタの出力を有料にしたいんだけどね」
「悪いんだけど」と言いながら、顔は少しもそうは見えない。 そう提案されたので、私のほうも、当たり前のことを言ってみた。
じゃあ、私のほうもメンテナンス料をいただいてもよろしいでしょうか。
ところが、「どうして?」と、社長が言葉を返してきた。
どうして? それはこちらが聞きたい。 こっちが金を払うばっかりで、ただ働きを強要するのは、それはヤクザさんと同じ行為ではないか。
いいですか、社長さんがた。 私がメンテナンスをしていないレーザプリンタやフィルム出力機、大型インクジェットプリンタ、印刷機は、頻繁に故障して修理を頼んでいる。 それに対しては、あなたたちは、修理の対価を支払っているはずだ。
それに比べて、私がメンテナンスをしているパソコンは、私があなたの会社に出入りをするようになってから、(10年近く)一度も壊れていない。 これは、偶然そうなったと思っていますか。たまたま運がよくて、故障しなかった、と。
印刷会社B社には、去年も同じようなことを言われて、私は気分を害したことがある(コチラ)。
私が、印刷会社A社・B社のレーザープリンタを使う枚数は、年間でせいぜい300枚程度だ。 1枚あたりの単価は、かなり高く見積もっても100円。つまり、年間で3万円。 それは、私としては、「超」がつくほど格安なメンテナンス料だと思っているのだが。
二人の社長に共通した性格は、お人よしであるということ(商売が下手)。 そして、困ったことに、思い込みが激しくて、自分の感性だけが、すべての判断の基準だというのも共通している。 つまり、物事を客観的に見ることができない。
さらに、パソコンに対して、強烈な苦手意識を持っていて、それが劣等感になっている。 その劣等感の裏返しで、パソコンを軽んじる傾向が強い。 「パソコンなんて」という思い込みが強いから、こちらがパソコンの説明をしても、それに対して意味のない反撥をするのだ。
「パソコンは、おかしいよねぇ。 何で、もっと使う側の身になって作れないのかねぇ。 これは、メーカーの横暴だよ」
何度説明しても、パソコンとOS、メモリ、ハードディスク、ソフトの区別がつかない。 私がメンテナンスをしているところを見ても、彼らは何も感じない。 「何やってんの? それは何か意味があるの?」と聞かれたことがある。
人間の健康診断と同じですよ、という説明をしても、「うちのテレビは15年前に買ったものだけど、一度も修理に出したことないよ。冷蔵庫も10年間壊れてないなあ。メンテナンスなんか必要なのかな?」と、ピントのずれたことを言う。
じゃあ、社長の同級生は、色々なタイプの人がいると思いますが、みんな元気で病気もしたことはないんですね。 皆さん健康診断をしたことはないんですね。 元気でピンピンしていて、医者いらず薬いらずなんですね。
「いや、それとこれとは話が別だからね」
そうですよ。話が別です。 だから、テレビとパソコンも別です。 テレビ、冷蔵庫などの家電とパソコンを比較しても意味はないんですよ。 まったく別物なんですから。
「そうかなあ。何か誤魔化されたような気がするなあ」
「どっちにしても、うちの経営状態からして、プリンタをボランティアするわけにはいかないなあ(おかしな日本語)」
めんどくさくなった。
だから、「ああ、じゃあ、メンテナンスはもうやめましょう。会社の鍵もお返ししますので、これからは、故障したら業者に頼んでください」と私は言って、頭を下げ会社を後にした。
これで、中小企業のオヤジのお守りとメンテナンスに割いていた時間を、他に活用することができるようになった。 その分、私は時間を有意義に使える。 これは、私にとって、おそらくプラスになったと思う。 カラーレーザでの出力は、自宅のカラーレーザでも事足りる。 時間は倍以上かかるが、無知な社長のお相手をするストレスからは、確実に逃れられた。
しかし、メンテナンス解除から一ヶ月近くたった、昨日の朝早く、B社の社長から電話がかかってきた。 「パソコンが一台起動しないんだけど。それに、パソコンの画面にサーバのマーク(アイコン?)が出てこないってオペレーターが言ってるんだけど、どうしたんだろ?」
さあ、どうなんでしょうか。 業者に修理を頼めば、すぐに直してくれますよ。
それに対して、社長が言う。 「だって、業者に頼んだら、金とられるだろ?」
なんだ、その言い草!
俺も、もちろん修理代いただきますよ(またただ働きさせる気かよ!)。
「Mさん、そんなこと言わないでさ。長い付き合いなんだから・・・・・」 さらに、他にもグダグダと言いつのりそうになったので、私は相手が言葉を繋ぐ前に早口で言った。
申し訳ありません。 忙しいので、失礼します。
まったく・・・・・・・。
バーーーーーーーーーーカ! (不適切な発言があったことをお詫びいたします)
|
2010/02/05 AM 06:54:00 |
Comment(2) |
TrackBack(0) |
[Macなできごと]
|
|
| ● ドタキャン確率5%の男 |
|
ドタキャン確率5%。 消費税並み。
以前のブログで、非常識なドタキャンをされたと書いた。 そのことを書こうと思う。
8日前に、電話で仕事の打ち合わせ時間を決めた。 金曜日午後2時。 それは、お互い了承のうえで決めた時間だった。
ただ、嫌な予感はした。 その担当者は、メールのレスポンスが、いつも遅い人だった。 こちらが、メールで修正箇所を送っても、いつも反応が遅れる。
5日以上待たされることがあった。 こちらは、反応がないのは「何かトラブルでも」と気を揉みながら待っているのだが、答えは決まって「すみませんねえ、忙しかったもんで」。 5日以上ほったらかしにされて、作業が止まっていたのだ。
そのくせ、校了間際になると、途端にせかされる。 午後3時過ぎに修正原稿を出して、夕方までに修正して欲しい、という無茶な要求を平気でするのだ。
「納期優先ですからね。他の仕事は後回しでお願いしますよ」 自分が、仕事を止めていたことなど、完全に忘れている。
こちらが無理です、と言うと、「納期に間に合わないよ」と、自分の都合だけを主張する。 そんなことが、毎回とは言わないが、頻繁にある。
いるんじゃないですかね、どこの世界にも、こんな人。 「俺だけが、特別」
打ち合わせ時間の20分前。 得意先の最寄り駅に着いた途端、iPhoneが震えた。 通話ボタンを押すと、担当者の間延びした声が聞こえた。
「宅急便が、まだ届かないんですよ。なんか、手違いがあったみたいでぇ〜」
宅急便? いきなり、そんなことを言われても、私には意味がわかりませんが。
「一週間前から頼んでいた資料が、まだ届かないんですよ。あれがないと、オレ、説明できないしぃ〜」
8日間も余裕があったのに、資料を揃えられない? で・・・・・、納期は、いつなんでしょうか?
「できるだけ早く」
具体性のない話は、時間の無駄。 で・・・、宅急便は、いつ届くんですか。
「今、相手に確認をしているところですけど、今日は、無理かなあ・・・」
それがないと、本当に打ち合わせはできないんですか。
「できないですよ。重要なものだからねえ」
重要なものなら、打ち合わせ日時の前に揃えるのが、世間の常識。 もう、会社のそばまで来ているんですが。
「でも、資料がないとねェ〜」
つまり、今日の打ち合わせは、キャンセルすると?
「悪いですねえ、ホントに悪いねぇ〜」 ことばで言うほど、悪びれた様子もない。
会社まで、あと550メートル。 まるで大きな壁にぶち当たったような、そんな虚無感。
俺は、この憤りを誰にぶつければいい?
とりあえず、冷静にならなければいけない。 次の打ち合わせ時間は、いつにいたしましょうか。
「宅急便が届いてからですかねぇ〜」
それなら、最初に宅急便待ちだと言っていただいた方が、わかりやすかったですね。
「まあね。でも、こんなに遅れるなんて、オレ、知らなかったから。申し訳ないよねぇ〜」
それで、いつ届くんですか。今日は、絶対に届かないんですか。
それに対して、相手はキッパリとこう言う。 「問い合わせはしてみたけど、よくわからないんだ。ホーントに悪いんだけど・・・」
話が、噛み合わない。 私が、おかしいのだろうか。 こんなことで怒る方が、間違いなのだろうか。
混乱してきた。
つまり、今日の打ち合わせは本当にない、と判断してよろしいのですね。
「まあ、そうなりますよねぇ〜」 当たり前のように、断定された。
脳みそは、大混乱。 小さな怒りが渦を巻く。
「また、連絡するから」 話を断ち切るように、そんな横柄な口調で言われたら、混乱した頭には、その言葉は、爆発の起爆剤にしかならない。
お断りします!
あ〜あ、言っちまったよぉ〜。
このご時世。仕事を出す人は、神様同然なのに、一時の感情で、なんてことを言ってしまったんだ、俺は!
激しく自己嫌悪。
しかし、救いの神は、いたようだ。 いつのまにか、電話の相手が、代わっていた。
「こちらの不手際で、Mさんには大変ご迷惑をおかけします。 原稿が届き次第ご連絡しますので、ぜひMさんに仕事をお願いしたいのですが」 渋いトーンの、説得力ある大人の声。 T課長ですね。
恐縮です。 はい! もちろんお願いいたします。 どんな急ぎの仕事でも、お受けいたします。
帰りの地下鉄を待ちながら、安堵のため息を何度も漏らす、ドタキャン確率5%の男。
地下鉄は、それなりに混んでいた。 思わず、しゃがみ込みそうになるくらい疲れた私の姿を見かねて、若い娘が席を譲ろうとした。
いや、大丈夫ですから。 強く拒んだが、若い娘は無理矢理私の手を取って、私を座席に座らせた。 そんなに憔悴して見えたのか、オレ。
若い娘のご厚意は、嬉しくもあり、哀しくもあり。
座席に座っても、顔を上げることができなかった。
そして、乗り過ごしてしまったんですな。 二駅の乗り過ごし。
無駄な一日だったような・・・。
バーーーーーーーーカ!
|
2010/02/04 AM 07:04:52 |
Comment(2) |
TrackBack(0) |
[Macなできごと]
|
|
| ● たらは嫌いだ |
|
「〜したらよかった」「〜していたら、今ごろは」
ヨメの会話の49パーセントは、「たら」がついている。 ヨメの愚痴。 いま大学一年の息子に対して、「中学のとき、もっと勉強させていたら、もっといい高校に入れた」「高校一年から本気で受験勉強していたら、もっといい大学に入れた」と何度も繰り返し言われる。
息子は、いま三流以下の大学に通っていますが、それもいいんじゃないですかね。 何を基準にして「一流大学」というのか、私にはわからない。 世間で言うところの一流大学に入れば、幸せなキャンパスライフ、幸せな人生が送れるというわけでもない。
それは、個人個人の心の持ちようではないだろうか。 私がそう言うと、ヨメは「一流大学に入っておけば、何とでもなるの」と力む。
何とでもなる? いったい、どうなるというのだろうか。
「就職とか、将来設計とか・・・」
まあ、それは一般的な考え方でしょうね。 ようするに、それはブランド志向、ブランド信仰に近い考え方だ。
「いいえ! それが現実です!」
では、現実問題を一つ定義します。 10年前、息子の勉強嫌いを何とか克服しようと、学習教材の営業マンに言いくるめられて、数十万円もする最先端の教材を買ったことがある。 息子は、その教材を見向きもしなかった。活用しなかった。
もしも、あの教材費用にお金を費やさなかったら、我が家は困窮して車を売ることはなかったのではないだろうか(ヨメの息子を思う気持ちに免じて、私は今まで何も言わなかったが)。
「・・・・・・・」
その教材は、中学2年の娘の学習に役立てようと思ったが、娘は授業を聞いただけで理解できる優秀な頭脳を持っていた(えげつない娘自慢)ので、それはクローゼットの奥深く今も格納されている。
ヨメが黙ったので、勝ち誇った顔を作って、私は言った。
息子の通っている大学は、確かに偏差値は低い。 しかし、彼は、いつも微笑みを絶やさず、人に優しい。そして、嘘をつくことができず、他人を疑うことをしない。
その性格は、人間としての偏差値の高さを表してはいないだろうか。
たとえば「ライヤーゲーム」の主人公・神崎直ちゃんは、純粋な心を持っていて人を疑うことを知らない。 彼女は、最初は人々に馬鹿にされながらも、徐々に人の心に影響を植え付け、純粋な「人間力」でまわりを幸せにしていく。
我が息子も、直ちゃんと同じ性格を持っている、と私は思っている。 それは、誇るべきことだ。
しかし、ヨメは、強く否定する。 「あんなのドラマだから成り立つのよ! 現実は、ただ利用されて痛い思いをするだけだわ! きれいごとよ!」
でも、人間としての偏差値は、相当に・・・・・。
「誰がその偏差値を認めてくれるの? 証明書でも出してくれるの?」
あらあら、何と表層的なご意見・・・・・。
「〜だったら」「〜していたら」というのも、相当非現実的な話だが、それには目をつぶって、実の息子に対して凶器のような悲観論をぶつけるのですね。 テストの偏差値だけが大手をふるって、それが決定的な「人間価値」を測る尺度になるという社会は、どこか歪んでませんかね。
「だから、それが現実なの! 現実は厳しいのよ」
しかし、現実を直視するなら、「〜だったら」「〜していたら」という考えは、成り立たないと思うのですが・・・。 「たら」を何度言っても、現実は、現実方向にしか向かないものである。
「たら」なんて、ないんだ。 すべてのことは、「いま」が現実なのだ。 両手を握り締め、力説したが、ヨメは花の雑誌を開いていて、もうその話題には、触れようとしなかった。
哀しいことだが、それも現実・・・・・。
昨日、大学時代の友人・ノナカが仙台から埼玉に出てきた。
ノナカは、仙台で塾を経営している。 そして、彼はミニパソコン塾なるものを考え、仙台と東京で実験的に2店舗を展開するという挑戦の真っ只中にいた。
店舗を展開するに当たって、ノナカが資金を募ったので、激しく赤面しながら、私は5万円を差し出した。 この時点で、私の人間の小ささが露呈した。 たった5万円の資金提供など、普通は恥ずかしくて出せない。 明らかにケタが一つ違う。
これを書いている今も、私は激しく赤面している。
この程度の資金提供だったら、しない方がよかったのでは・・・・・。
しかし、「いやあ、お前のおかげだよ」とヘチマ顔のノナカが、最近出っ張ってきた腹を押し出しながら言う。 近所のガストで久しぶりに会ったノナカの顔は、膨張したCGのようなヘチマ顔になっていた。
俺は何もしてねえぞ! 嫌みか!
私が睨むと、ノナカは両手を顔の前で大きく振って、「いや、お前のアドバイスがあったから、事業がいいスタートを切れたんだよ」と口を尖らせて言った。
へっ! アドバイスだぁ! ようするに、俺には金のかからないアドバイスしかできないってことなのか! 悪かったな、金のかからないことしかできなくて!
「まあ、あれだ。まずビールを飲んで、お前の好きなピザでもつまもうじゃないか」 私の言いがかりを持て余し気味に、ノナカは、いつもより低い声で、私の顔を覗き込むようにして言った。
これも久しぶりに会った友だちとの儀式のようなものだ。 つまらない言葉のやり取りが、会えなかった時間を埋める役割をする。
「いきなりなんだけどさあ!」 とヘチマが、直視したくない不愉快な顔をクローズアップさせて言った。 そして、続ける。 「なんと!」 ここで、声を大きく張り上げた。
嫌な予感がした。 この声のトーンは、あまりいい内容ではない、と私は名探偵沢崎(知る人ぞ知る)ばりに推理して、ヘチマの話を遮ろうとした。 だが、ヘチマの顔が35センチ先に迫ってきたので、つい笑ってしまい、その機を私は逃した。
「クミコに会ったんだよ。2日前のホヤホヤだ」(クミコに関しては以前こんなことを書いた) 嫌な予感が当たって、私は横を向いた。 ここで席を立たないと、またつまらない話を蒸し返される。
舌打ちをして、立ち上がる準備をした。 しかし、ノナカは「逃げるのかよ」と、私を指さした。
逃げるよ。 どうせ、「たら」の話だろ?
「何だ? 『たらの話』って」
あの時、ああしていたら〜、こうしていたら〜、の「たら」だよ。
私がそう言うと、ノナカは訳知り顔でうなずいて、「まあ、俺にとっては楽しいかな」と、私をもう一度指さした。 さらに、「だって、お前をいじめられる材料は、それしかないからな」と、私に向けた人差し指を回しながら笑った。
そのノナカの態度に、私は大きく舌打ちを返したが、ノナカは悠然とした笑いをつくって、私を見つめた。 そして、言う。 「相手の弱点を攻めるのは、勝負の鉄則だ」
お前と勝負している気は、俺にはないよ。
「つまり、最初から逃げているわけだ」 しつこい男だ。
わかったよ。「たらの話」続けろよ。
勝ち誇ったような、ノナカの顔。 「お前のPCのアドレスに、クミコの近況写真を送っておくから、こっそり見てみるんだな。夜中に、こっそりと見てみな。泣きたくなるか、懐かしく思うかはお前の勝手だ」
その後、ノナカが仙台の塾の話をしたが、私はほとんど上の空だった。 心の中で、舌打ちを繰り返したが、20回数えたところでやめた。 ノナカが奢ってくれるビールの味は、ほろ苦くて、吐く息が重くなったような気がした。
「メールを楽しみに、な!」 得意気なノナカの顔に背を向けて、私は自転車にまたがった。
そして、昨日の夜、確かめてみたら、確かにノナカから5点の画像が送られてきていた。 しかし、私は躊躇することなく、その画像をゴミ箱に捨てた。(多少、マウスを持つ指が震えたことは、白状する)
ヘチマ。 言っただろう。 俺は「たら」は、嫌いなんだよ。
バーーーーーーカ!
|
2010/02/02 AM 07:06:29 |
Comment(2) |
TrackBack(0) |
[日記]
|
|
|
|
(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.
|